「……ん?」
長い時間眠っていた気がする。
というか、ここはどこ?自分の家じゃない事は分かる。だって燃えて、消し炭になったもん。
「(じゃあ、ここは……?)」
綺麗な部屋。私が寝ていたベッドも、大きくてフカフカ。壁も天井も家具も、全部高級そうで、全部白い。たった一つだけ色があるのは……赤い時計。オシャレな壁掛け時計。それは白の部屋に、かなり目立っている。
「センスが良いのか悪いのか……。じゃなくて」
本当に、ここはどこ? 誰の家?
寝る直前に感じた「温かさ」。じんわりと私を包んだような、あのカイロみたいな安心感――そんなことを思っていたけど。目を覚ましたら〝知らない部屋〟にいたなんて、安心感どころか不安感しかない。
「とりあえず、出てみようか」
背の高いベッドを降りて、足音を立てないように、少しだけドアを開く。すると――
「悪い子だな、お前」
「ひゃ!」ビックリした。だって開いたドアの先に〝誰かの目と口〟があったんだもん!
「ひっ……!」
悲鳴が出た私の前で、扉が大きく開く。現れたのは……
――続きは帰ってから。な?
あのイケメンキス男だった。
「なんで、あなたが……」
外で会った時は帽子をかぶっていて分からなかったけど、黒色の髪の毛だ。少し猫っ毛っぽい。そして黒の瞳。その“黒”がイケメンの邪悪度に拍車をかけてる。「つれねーなぁ」と笑うその顔は、見事な悪人ヅラだ。
「キスまでした仲だってのにな?」
「だからです!”警戒”っていう言葉、知っていますか……⁉」横目で、ソファの上にクッションがあるのを見つける。よし、これで!
「もし私に近づくなら、このクッションで綺麗な部屋をボコボコにします!」
「そのクッションで?」「はい!」
「できんの? ボコボコに」「……」
無理かもしれない。だって柔らかすぎるもん、このクッション。フカフカ過ぎて、きっとダメージ0だ。
しょんぼりと落ち込んだ私とは反対に、勝ち誇った顔をしたイケメン。「ふっ」と口角を上げ、ソファを指さす。
「じゃ、とりあえず話をするか」
「……」こんな危険度MAXのような人と一緒に座りたくないけど、仕方ない。話を聞くためだもんね。
「……座ります」
「ん、良い子」 「っ!」良い子――
思いもしなかった言葉に不意を突かれる。ちょっとドキドキしちゃった。だけど頬を染めた私とは反対に、イケメンは涼しい顔で「こっち」とソファに手招きする。
ギシッ
「座るって、隣同士ですか」
「ソファ一個しかないんだから、横並びなのは当たり前だろ。まさか床に座りたいのか?」 「そ、そうじゃなくて……!」思った以上の至近距離に、ビックリした。嫌でもイケメンを意識してしまう距離だから……。
「(改めて見ると、背が高くて大きい人だなぁ)」
立っている時も大きいと思ってたけど、近くに座ると、更に私との差がよくわかる。長い足、線は細いのに筋肉ありそうな腕、大きな手。それなのに小さな顔。しかもその顔は、かなりのイケメン。
「(まるで芸能人かモデルみたいな人だ)」
そう思っていた時。男の人が「何から聞きたい」と私を見る。
「あ、じゃあ名前を」
「名前?もっと聞きたいことあるだろ」「名前が分からないと色々不便だなって思って。ダメですか?」
「……いや、いいけど」「いいけど」と言った時、少し照れたように見えたのは気のせいかな?でも、さっきの会話で照れる要素はないし。やっぱり私の気のせいか。
「俺の名前は、麗有 皇羽(うらあり こう)。目の前の駅の、近くの高校に通ってる。一年」
「うらありこう、さん」「そ。皇羽って呼んで」
「じゃあ、皇羽さん」「……」
復唱すると、イケメン――皇羽さんは、時が止まったように固まった。
え、あれ?もしかして「名前で呼べ」は社交辞令だった⁉
「す、すみません!いきなり慣れ慣れしかったですよね、訂正します!いや、させてください、皇羽様!」
「ち、ちがう!呼べって言ったんだから、呼んでいいんだよ!」「じゃあ、なんで固まったんですか?」
「それは……」口元がヒクついた後、皇羽さんは「なんでもない」とそっぽを向いた。ムダにぎこちない空気だけが、私たちの間を漂う。
「じゃあ私も、自己紹介しますね。夢見 萌々(ゆめみ もも)です」
「ゆめみ、もも……」「はい。皇羽さんと同じく高校一年生です。さっき皇羽さんが言ってた”目の前の駅”って、何ていう駅ですか?いつも電車通学なのですが、まだ現在地が分かってなくて……」
「……」「皇羽さん?」
今までそっぽを向いていたかと思えば。自己紹介の後、急に私を見て動かなくなった皇羽さん。さっきから何なんだろう。もしかして調子が悪い?「皇羽さん失礼しますね?」と皇羽さんのおでこに、私の手を乗せようとした。だけど――
ギュッ
「わぁ⁉」
いきなり皇羽さんが私の手を握り、そして抱きしめる。すると柔らかいソファの上で態勢を保ってられなくなった皇羽さんが、そのまま後ろに倒れ込んだ。私を抱きしめたまま――
パチパチと燃え盛る炎に包まれる、私のアパート。季節は一月。冬特有の乾いた空気と、たまに吹き抜ける突風。それにより……「格安木造のアパートが全焼とは……」火の勢いってスゴイ。何がスゴイって、炎がどんどん大きくなっていって、あっという間にアパートを飲み込んでしまう所だ。「出て行ってて良かったね、お母さん……」誤解がないように言うと「ちょっと用事で留守中」とか、「少し買い物に出ている」とかではなく。お母さんは永遠に出て行った。幼い頃に両親が離婚して以来、母に育てられた私。だけど今朝、母は書き置き一枚で、アパートから姿を消していた。『冷蔵庫におにぎりあるからね』そのおにぎりも、アパートが燃えた今は炭になってるわけだけど。「おにぎり、食べたかったなぁ……」栗色ロングの私の髪に、空中を舞う灰が絡まる。黒色の斑点が、髪に浮かび上がった。「はぁ、今日のお風呂が大変だよ。髪が長いと、ただでさえ洗うの面倒なのに」言いながら、燃え上がる自分の部屋を見つめる。そういえば、私の部屋が燃えているということは、お風呂もないってことだよね?寝るところも無いんだよね?どこかのお焚き上げみたいに眺めていたけど、燃えているのは、私の全財産だ。あの炎の中に、(微々たる額とはいえ)私の全財産があるよね?お金だけじゃなくて、学校のカバンや制服も何もかも全部だ。「や、ヤバいかも……!」今さらになって、自分の身に起きた〝最悪の出来事〟を自覚する。ヤバい、本当にヤバい。何も手元に残らない!今日は土曜日。起きた私は意味もなく、ダルダルの部屋着を着て外を散歩していた。だから今、私の手の中には、アパートの鍵が一つあるだけ。「じゃあお風呂とか言う前に、下着も燃えた……?」その時、消防士さんに「下がって!」と注意される。「わ……!!」慌てた私がコケそうになった、 その時――ガシッ「あっぶねぇな」あれ?誰かにギュッてされている感覚。いま私、誰かに包み込まれている?大きな手が、私の腰を掴んでいる。いとも簡単に引き寄せ、倒れそうだった私を真っ直ぐ立たせた。「あ、ありがとうございます……」 「ん、気をつけろよ」 「は……い!?」ペコリとお辞儀をした後。ビックリしすぎて、声が裏返っちゃった。だって!「(なんと言う顔の小ささ!ううん、服が大きいだけ? ひょっとして来年以降も同
記憶を手繰り寄せている私に、イケメンが「おい」と話しかける。「もしかして、この家、お前の?」「私のっていうか……。私の住んでた部屋があるアパートです」「げ、マジかよ……」男の人は顔を歪めて、まるで自分に起きた事のように絶望の表情を浮かべた。もしかして、哀れんでくれてるのかな?「(優しい人なんだろうけど、今はちょっと心に突き刺さるというか……)」「可哀想な目」で見られると、胸がキュッと苦しくなるから苦手。学校でもそうだった。お父さんがいないと分かったら、みんなが私を見る目が変わった。「可哀想」って言う子もいた。なんて言ったらいいか分からなくて、私はただ笑っていた。今だってそう。だから、こういう時は退散するに限る。「さっきはありがとうございました。では、これで!」「え……あ、おい!」向きを変えてダッシュ――しようとしたけど、今日の私はとことんツイてないようで。ドンッ誰かにぶつかって、今度こそ尻もちをついた。すると、さっきとは別の人の声で「ハイ」と、私に救いの手が伸びる。「うわ!君、めっちゃカワイイね!なに?家が燃えちゃった感じ?」「は、はい。そんな感じです」「マジ!?やっべー超やべーじゃん!!」すっごくチャラそうな男の人。「そっかそっか〜」って相槌の仕方までチャラい。「家が燃えちゃったかー、そりゃ大変だ。じゃあね、俺についてきて!今日タダで泊まれる所を教えてあげる!」「ほ、本当ですか!?」昔、お母さんに「タダより怖いものは無いけど状況に寄っては乗るのもあり」と教えられた!「(たぶん、今がその状況だよね!)」乗る!「こっちだよ〜」と路地裏を指さすチャラ男。その人について行こうとする私。だけど、その瞬間――「はぁ。まさか、お前がこんなに悪い子だったとはな」「へ?」 グイッさっき助けてくれたイケメンに、腕を引っ張られ、そして抱きしめられた。しかも、それだけじゃない。イケメンは私のアゴに手をやって、クイッと角度を上げる。それは、まるでキスする直前のしぐさ。「俺とケンカしたからって、当て付けみたいに他の男にホイホイついていくなんて……」「へ!?」かお近!ってか顔よすぎ!まつげ長!唇うっす!だけど興奮する私の頭の隅で、やっぱり「どこかで見た事ある」という気持ちもあって。晴れないモヤモヤが、心の中に積もっていく。「(喉まで
「……ん?」長い時間眠っていた気がする。 というか、ここはどこ?自分の家じゃない事は分かる。だって燃えて、消し炭になったもん。「(じゃあ、ここは……?)」綺麗な部屋。私が寝ていたベッドも、大きくてフカフカ。壁も天井も家具も、全部高級そうで、全部白い。たった一つだけ色があるのは……赤い時計。オシャレな壁掛け時計。それは白の部屋に、かなり目立っている。「センスが良いのか悪いのか……。じゃなくて」本当に、ここはどこ? 誰の家?寝る直前に感じた「温かさ」。じんわりと私を包んだような、あのカイロみたいな安心感――そんなことを思っていたけど。目を覚ましたら〝知らない部屋〟にいたなんて、安心感どころか不安感しかない。「とりあえず、出てみようか」背の高いベッドを降りて、足音を立てないように、少しだけドアを開く。すると――「悪い子だな、お前」 「ひゃ!」ビックリした。だって開いたドアの先に〝誰かの目と口〟があったんだもん!「ひっ……!」悲鳴が出た私の前で、扉が大きく開く。現れたのは……――続きは帰ってから。な?あのイケメンキス男だった。「なんで、あなたが……」外で会った時は帽子をかぶっていて分からなかったけど、黒色の髪の毛だ。少し猫っ毛っぽい。そして黒の瞳。その“黒”がイケメンの邪悪度に拍車をかけてる。「つれねーなぁ」と笑うその顔は、見事な悪人ヅラだ。「キスまでした仲だってのにな?」 「だからです!”警戒”っていう言葉、知っていますか……⁉」横目で、ソファの上にクッションがあるのを見つける。よし、これで!「もし私に近づくなら、このクッションで綺麗な部屋をボコボコにします!」 「そのクッションで?」「はい!」 「できんの? ボコボコに」「……」無理かもしれない。だって柔らかすぎるもん、このクッション。フカフカ過ぎて、きっとダメージ0だ。しょんぼりと落ち込んだ私とは反対に、勝ち誇った顔をしたイケメン。「ふっ」と口角を上げ、ソファを指さす。「じゃ、とりあえず話をするか」 「……」こんな危険度MAXのような人と一緒に座りたくないけど、仕方ない。話を聞くためだもんね。「……座ります」 「ん、良い子」 「っ!」良い子――思いもしなかった言葉に不意を突かれる。ちょっとドキドキしちゃった。だけど頬を染めた私とは反対に、イケメ
記憶を手繰り寄せている私に、イケメンが「おい」と話しかける。「もしかして、この家、お前の?」「私のっていうか……。私の住んでた部屋があるアパートです」「げ、マジかよ……」男の人は顔を歪めて、まるで自分に起きた事のように絶望の表情を浮かべた。もしかして、哀れんでくれてるのかな?「(優しい人なんだろうけど、今はちょっと心に突き刺さるというか……)」「可哀想な目」で見られると、胸がキュッと苦しくなるから苦手。学校でもそうだった。お父さんがいないと分かったら、みんなが私を見る目が変わった。「可哀想」って言う子もいた。なんて言ったらいいか分からなくて、私はただ笑っていた。今だってそう。だから、こういう時は退散するに限る。「さっきはありがとうございました。では、これで!」「え……あ、おい!」向きを変えてダッシュ――しようとしたけど、今日の私はとことんツイてないようで。ドンッ誰かにぶつかって、今度こそ尻もちをついた。すると、さっきとは別の人の声で「ハイ」と、私に救いの手が伸びる。「うわ!君、めっちゃカワイイね!なに?家が燃えちゃった感じ?」「は、はい。そんな感じです」「マジ!?やっべー超やべーじゃん!!」すっごくチャラそうな男の人。「そっかそっか〜」って相槌の仕方までチャラい。「家が燃えちゃったかー、そりゃ大変だ。じゃあね、俺についてきて!今日タダで泊まれる所を教えてあげる!」「ほ、本当ですか!?」昔、お母さんに「タダより怖いものは無いけど状況に寄っては乗るのもあり」と教えられた!「(たぶん、今がその状況だよね!)」乗る!「こっちだよ〜」と路地裏を指さすチャラ男。その人について行こうとする私。だけど、その瞬間――「はぁ。まさか、お前がこんなに悪い子だったとはな」「へ?」 グイッさっき助けてくれたイケメンに、腕を引っ張られ、そして抱きしめられた。しかも、それだけじゃない。イケメンは私のアゴに手をやって、クイッと角度を上げる。それは、まるでキスする直前のしぐさ。「俺とケンカしたからって、当て付けみたいに他の男にホイホイついていくなんて……」「へ!?」かお近!ってか顔よすぎ!まつげ長!唇うっす!だけど興奮する私の頭の隅で、やっぱり「どこかで見た事ある」という気持ちもあって。晴れないモヤモヤが、心の中に積もっていく。「(喉まで
パチパチと燃え盛る炎に包まれる、私のアパート。季節は一月。冬特有の乾いた空気と、たまに吹き抜ける突風。それにより……「格安木造のアパートが全焼とは……」火の勢いってスゴイ。何がスゴイって、炎がどんどん大きくなっていって、あっという間にアパートを飲み込んでしまう所だ。「出て行ってて良かったね、お母さん……」誤解がないように言うと「ちょっと用事で留守中」とか、「少し買い物に出ている」とかではなく。お母さんは永遠に出て行った。幼い頃に両親が離婚して以来、母に育てられた私。だけど今朝、母は書き置き一枚で、アパートから姿を消していた。『冷蔵庫におにぎりあるからね』そのおにぎりも、アパートが燃えた今は炭になってるわけだけど。「おにぎり、食べたかったなぁ……」栗色ロングの私の髪に、空中を舞う灰が絡まる。黒色の斑点が、髪に浮かび上がった。「はぁ、今日のお風呂が大変だよ。髪が長いと、ただでさえ洗うの面倒なのに」言いながら、燃え上がる自分の部屋を見つめる。そういえば、私の部屋が燃えているということは、お風呂もないってことだよね?寝るところも無いんだよね?どこかのお焚き上げみたいに眺めていたけど、燃えているのは、私の全財産だ。あの炎の中に、(微々たる額とはいえ)私の全財産があるよね?お金だけじゃなくて、学校のカバンや制服も何もかも全部だ。「や、ヤバいかも……!」今さらになって、自分の身に起きた〝最悪の出来事〟を自覚する。ヤバい、本当にヤバい。何も手元に残らない!今日は土曜日。起きた私は意味もなく、ダルダルの部屋着を着て外を散歩していた。だから今、私の手の中には、アパートの鍵が一つあるだけ。「じゃあお風呂とか言う前に、下着も燃えた……?」その時、消防士さんに「下がって!」と注意される。「わ……!!」慌てた私がコケそうになった、 その時――ガシッ「あっぶねぇな」あれ?誰かにギュッてされている感覚。いま私、誰かに包み込まれている?大きな手が、私の腰を掴んでいる。いとも簡単に引き寄せ、倒れそうだった私を真っ直ぐ立たせた。「あ、ありがとうございます……」 「ん、気をつけろよ」 「は……い!?」ペコリとお辞儀をした後。ビックリしすぎて、声が裏返っちゃった。だって!「(なんと言う顔の小ささ!ううん、服が大きいだけ? ひょっとして来年以降も同